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熊本地方裁判所 昭和25年(ワ)157号 判決 1954年2月23日

原告 全逓信従業員組合熊本県地区本部

被告 服部春雄 外五名

主文

別紙第一物件目録記載の建物が原告の所有であることを確認する。

被告等は原告に対し右建物を明渡し、且つ別紙第二物件目録記載の物件を引渡せ。

訴訟費用は被告等の負担とする。

本判決主文第二項は原告に於て金二十万円の担保を供するときは仮にこれを執行することができる。

事実

第一、原告の主張

「請求の趣旨」

主文第一乃至第三項同旨の判決並びに担保を条件とする仮執行の宣言を求める。

「請求原因並びに被告等の答弁に対し」

(一)、原告組合設立の経過について

原告は逓信従業員を以て組織された全逓信労働組合(以下単に全逓労組と略称する)の熊本県下各支部を以て構成された全逓信労働組合熊本県地区本部(以下単に労組熊本地区本部と略称する)と称する労働組合であつたが、全逓労組に於ては国家公務員法及び人事院規則の施行に伴い右法規に則つて組合の組織を確立しなければならなくなつた為、昭和二十四年十月二十二日より同月二十四日迄熱海市に於て開催された同組合の第八回全国定期大会に於て所謂法内組合として人事院に登録することを決定し、従前の規約名称を改めて全逓信従業員組合(以下単に全逓従組と略称する)と改称するに至つた。ところで之より先労組熊本地区本部に於ても同年九月八、九日開催された同地区本部の同年度定期大会に於て全逓労組と同一方針の下に同地区本部を法内組合として人事院に登録することを決議し、同大会が休会となつたので更に同月二十八日その再開大会として開催された大会に於て右決議を確認すると共に人事院に登録する為の規約改正等の諸事項を決定し、右定期大会及び再開大会の決議に基き熱海の前記全国大会に参加した上同大会の決議に準じて名称を全逓信従業員組合熊本県地区本部(以下単に従組熊本地区本部と略称する)と改称し、同年十月二十九日人事院に登録して法人となつたのである。従つて原告組合は労組熊本地区本部が単に名称を変更したのみで組合自体としては何等の変動もなかつたものである。而して前記九月八、九日の定期大会並びに同月二十八日の再開大会には被告等主張の如き手続上の瑕疵は存在しない。即ち(イ)労組熊本地区本部の昭和二十四年度定期大会が九月八、九日両日の会期を以て召集されたことは被告等主張のとおりであるが、同大会は会期中に休会の動議が採決され九月九日午後十二時直前議長の休会宣言により休会となつたものである。仮に右休会決議が被告等主張の通り同日を経過した十日午前零時十八分になされたとしても、会議の会期は特に会期を厳格に一定し会期経過後の審議を許さないと定められている場合の外一応の予定に過ぎないから会議の構成員全員によつて異議なく議事が継続審議された場合は構成員全部が議事の継続審議に同意したことゝなり会議を終了する手続が採られない以上単に期間の経過により会議が当然に終会となるものではない。本件に於ける前記休会の決議は定期大会構成員の全員によつて審議がなされた上決定されたのであるから右休会決議が無効となる理由はない。(ロ)、右定期大会の再開期日について被告等主張の如く労組熊本地区本部委員会に於て日程を定めて開催する旨の条件が附されていた事実はない。九月二十八日の再開大会は傘下各支部の要望により定期大会議長に於て期日を決定して招集したところ大会構成員に於ても異議なく招集に応じ大会を成立せしめているのであるから仮に期日について被告等主張の如き条件が附されていたとしても右大会が有効に成立したこと勿論である。(ハ)、労組熊本地区本部の大会の構成及び成立について同地区本部規約に被告等主張通りの規定が存すること並びに当時同地区本部の代議員の定員が九十八名であつたことは認めるが九月二十八日の大会は議長に於て代議員及び役員に対し招集の通知をなしたところ、同地区本部役員中執行委員長上野典隆、会計監査黒川満の両名が出席し、且つ定員の三分の二以上である六十九名の代議員が出席していて出席代議員中に被告等主張の如き退場者及び欠格者はいない。(ニ)、労組熊本地区本部は全逓労組の下位団体であると共に上位団体とは独立した法人格を有する団体であるから、同地区本部が上位団体である全逓労組と別個に規約名称の改廃をなし得ること勿論であつて、仮に九月二十八日の大会の決議が全逓労組の規約等に反するものであつたにせよ右大会の決議が労組熊本地区本部の決議としての効力を有することはいうまでもない。以上何れの点からしても前記大会の効力を争う被告等の主張は理由がない。

(二)、被告等のいわゆる全逓労組熊本地区本部は存在しない。

被告等はもと逓信従業員で前記全逓労組の組合員であると共に被告服部春雄は労組熊本地区本部の副執行委員長、爾余の被告等は何れも其の役員であつたが、被告服部春雄、同川畑吉麿、同金森晋、同黒木武二、同野村利男は昭和二十四年八月十二日、被告栗原孝介は同年九月十日いずれも定員法により解雇され、逓信従業員としての身分を失つたので、全逓労組規約第四十九条の組合員の資格は逓信従業員の身分を得た時に始まりこれを失つた時に終る旨の規定により組合員としての資格を喪失すると同時に労組熊本地区本部役員としての地位を失つたばかりでなく、被告等が現在猶存続すると主張する労組熊本地区本部に於ては前記九月二十八日の大会に於て役員の改選を行い新らたに執行委員長に松村勇、副執行委員長に森中守義、宮川敬二、書記長に松本勢一、執行委員に玉名昭夫、西村哲也、東矢優、内田幸吉、田代澄雄、会計監査に鍋島直行、中川勉が夫々選任され其の後労組熊本地区本部は右大会の決議に基いて名称を従組熊本地区本部と改めたのであつて、右従組熊本地区本部たる原告以外に被告等の主張する労組熊本地区本部は実在しない。唯労組熊本地区本部を法内組合として維持しようとする同地区本部所属組合員の総意に反対する被告等一部の者が多数決原理を無視して原告を労組熊本地区本部より分離した別個の団体であり、労組熊本地区本部なる団体が今猶原告と別個独立に存続すると曲論しているに過ぎない。次に全逓労組の大会及び中央執行委員会に於て定員法による被解雇者を組合員とすることの承認がなされた事実はない。全逓労組規約第九条に被告等主張の如き組合員の資格についての規定がなされていることは認めるが同条は単に組合員の資格に関する規定で当然に被解雇者を組合員として認める趣旨ではない。解雇によつて逓信従業員の身分を失つた者を組合員として加入させるには同組合規約第四十九条第二項により中央執行委員会の承認を受けなければならないが、同条に基いて非従業員を具体的に組合に加入せしめる手続としては先づかゝる者の所属すべき地区本部乃至支部に於て承認を与え更にこれを中央執行委員会に於て承認して始めて当該所属地区本部乃至支部組合員として認められるもので、仮りに組合大会や中央執行委員会に於て一般的に定員法による被解雇者を組合員とすることに承認を与えた事実があるとしても、かゝる者が当然に地区本部の所属組合員となり得るものではない。労組熊本地区本部に於ては未だ嘗て被告等を同地区本部所属の組合員とすることを承認したこともこれが加入を許容したこともないから被告等が同地区本部の組合員又は役員としての資格を有しないことはいうまでもない。

(三)、本訴物件は原告の所有である。

別紙第一物件目録記載の建物は原告が労組熊本地区本部と称していた昭和二十四年四月頃傘下各支部所属組合員の醵金及びその他の寄附金によつて建築したもので、同地区本部が当時購入した別紙第二物件目録記載の動産物件と共に原告の所有に属し、逓信省の機構改革に伴い全逓従組が各職域別の組合に分離した際も従組熊本地区本部は引続き郵政省関係従業員によつてこれを維持することゝし昭和二十五年十二月中に電気通信省並びに電波管理庁関係の従業員の組合が従組熊本地区本部より分離した関係にあるので本件物件については右分離の際原告の所有とすることに協議確定している。然るに被告等は原告とは別個に今猶労組熊本地区本部なる団体が存在し本件物件は同地区本部の所有であつて被告等は依然同地区本部の役員又は組合員として本件物件を占有使用する権限を有する旨主張し、原告に於て右建物の明渡及び動産物件の引渡を求めてもこれを拒否し不法に占有を続けている。

仍て原告は本件建物が原告の所有であることの確認を求めると共に被告等に対し右建物の明渡及び動産物件の引渡を求める為本訴請求に及んだ。

と述べ、

「被告等の本案前の抗弁に対し」

本訴提起後全逓従組が逓信省の機構改革に伴い各職域別の組合に分離したことは認めるが従組熊本地区本部に関する限りに於ては前述の如く電気通信省並びに電波管理庁関係の従業員組合が従組熊本地区本部より分離した関係にあるので原告たる従組熊本地区本部の人格には何等の変更はない。従つて原告の当事者能力及び訴訟代理権に何等欠けるところはない。

と述べた。

第二、被告等の主張

「本案前の抗弁」

全逓信従業員組合は行政機構の改革により逓信省所管事務が夫々郵政省、電気通信省、電波管理庁に分掌されることになつたのに伴い昭和二十九年九月下旬の組合大会に於て新に右各職域別の組合に改組されることゝなり、従前の全逓信従業員組合を解体し郵政省関係の従業員のみを以て名称は同一であるが実体は全く異る全逓信従業員組合を、電気通信省関係従業員を以て全電気通信従業員組合を、電波管理庁関係従業員を以て全電波従業員組合を夫々結成するに至つたので解体前の全逓従組の下部組織であつた原告全逓従組熊本地区本部も本訴提起後の同年十二月右に做つて解体し各職域別に分離し新に原告とは同名異体の全逓信従業員組合熊本県地区本部、全電通熊本県連絡協議会、全電波従業員組合九州電波管理局支部となり、爾後原告たる従組熊本地区本部は権利主体としての実体を失つて消滅したのであるから原告は最早実体法上の権利能力を有しないと共に訴訟法上当事者能力を欠き、且つ原告訴訟代理人の代理権も当然消滅に帰したものというべきであるから、本件訴は不適法として却下せらるべきであると述べ、

「本案につき」

原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。との判決を求め、

「答弁として」

(一)、原告の主張事実中認める点

労組熊本地区本部が全逓労組の熊本県下各支部を以て構成された労働組合であること、昭和二十四年九月八、九日に同地区本部の同年度定期大会が開催されたこと、原告がその主張の頃人事院に登録した法人であること、本件建物が原告主張の頃建築されたもので本件動産物件と共に労組熊本地区本部の所有に属していたこと、被告等がもと逓信従業員で全逓労組の組合員であり且つ労組熊本地区本部の役員であつたが原告主張の頃夫々定員法により解雇されたこと及び被告等が本件物件を現に占有していて原告の所有権を争い、原告に対しその明渡及び引渡を拒んでいることはいずれもこれを認める。

(二)、原告の主張を争う事実

(1)  原告組合設立の事情について、

終戦後逓信従業員を組合員として設立された労働組合は当初の名称を全逓信従業員組合と称していたが、その後社会状勢の変遷に対応し組合の団結を確保する目的を以て昭和二十三年六月組合員の資格を管理者の地位にある者を除く逓信従業員、組合及び本人の意思に反して従業員たる身分を剥奪された者及び組合員であつた者で犠牲者扶助規定の適用を受けている者とすることに規約を改め(全逓労組規約第五条)同時にその名称を全逓信労働組合と改称して法人登記を経た全国的単一組合で、労組熊本地区本部は右組合の規約に基き熊本県に於ける地区的統制を図る為に設置された同組合の下部機関で、同組合の規約に準じ且つ同組合の中央執行委員会の承認を受けて規約を定めその目的の範囲内に於て権利義務の主体となることを認められている団体であるが、右全逓労組の組合員中には前記組合規約第五条の趣旨に反対し現従業員のみを組合員とし人事院に登録して、所謂法内組合として進むことを主張する者があり、これ等の者は昭和二十四年九月全逓労組を脱退し新に正統派全逓信労働組合なる名称の下に全逓労組と対立する第二組合を全国的に組織し同年十月二十四日熱海市に於て全国大会を開催し、同大会に於てその名称を全逓従組と改称し人事院に登録して全逓労組とは別個の新組合を結成するに至つたのである。ところで一方労組熊本地区本部に於ても右第二組合たる正統派全逓信労働組合に同調し、労組熊本地区本部から脱退して右正統派の下部組織の結成を図る一部組合員は昭和二十四年九月二十八日に同月八、九日開催された労組熊本地区本部の同年度定期大会の再開大会と潛称する同地区本部とは何等関係のない大会を開催し、右大会に於て労組熊本地区本部は法内組合として進む、全逓労組の機関紙である全逓新聞の購読を拒否し正統派全逓信労働組合の機関紙を購読する等の全逓労組の規約目的に反する決議をなし、新に役員を選任して全逓労組の下部機関である労組熊本地区本部とは全く性格を異にする組合を組織し、同年十月正統派全逓信労働組合が全逓従組と名称を改めたのに做つて従組熊本地区本部と改称し人事院に登録して右全逓従組の下部組織たる組合となるに至つたのであつて、右の如く労組熊本地区本部と分離して新に結成された組合が即ち原告である。

従つて九月二十八日の大会を目して原告組合が労組熊本地区本部より分離するための大会であつたと称するのであれば格別同大会を以て労組地区本部の正式に招集された大会と為す原告の主張は以下の理由により認められない。即ち、

(イ)、労組熊本地区本部の昭和二十四年度定期大会は同年九月八、九両日の会期を以て招集されたのであるから右会期の満了により終了し、同大会の議長、代議員の資格は消滅したので議長の招集により同大会が再開され得る筈はないのに拘らず右九月二十八日の大会は定期大会の会期経過後である同月十日午前零時十八分になされた無効の休会決議に基き同定期大会の議長により招集され、(ロ)、仮に右休会決議が有効になされたとしても、その再開は同月中旬に開催される予定であつた全逓労組の中央委員会終了後労組熊本地区本部委員会に於て日程を定めた上開催するとの条件が附されていたのに右九月二十八日大会はこれが開催日時につき同地区本部委員会の決定を経ずして開催され、(ハ)而も労組熊本地区本部の大会は代議員と役員を以て構成し、且つ三分の二以上の代議員の出席によつて成立することに定められているのに右九月二十八日の大会は労組熊本地区本部役員に対して招集の通知がなされず従つて役員の出席がなくして開催され、且つ当日出席した六十八名の代議員中二名は退場し、三十四名は代議員として選任されなかつた者又は正当に選出された代議員でない欠格者であつて、これ等の者を出席代議員数より差引けば当時の労組熊本地区本部代議員定員九十八名の三分の二に満たず大会成立の要件を欠いている。(ニ)、のみならず労組熊本地区本部は全国的単一組合である全逓労組の地方機関にすぎないからその性質上上位団体たる全逓労組の規約に反して単独にその規約名称を改廃し得ないこと勿論であつて、全逓労組の規約目的に全く違反する前記九月二十八日の大会の決議は以上何れの理由からしても労組熊本地区本部の有効な大会の決議とは看做されない。

(2)  全逓労組熊本地区本部は原告組合とは別個に今猶存在している。被告等は其の役員又は組合員である。

被告等は定員法により被告等の意思に反して解雇されたので前記全逓労組規約第五条により当然労組熊本地区本部組合員としての資格を保有し、且つ全逓労組の全国大会及び中央執行委員会に於て組合員として承認を得ているので依然労組熊本地区本部の組合員であり、被告服部春雄は同地区本部の副執行委員長として、又その余の被告等は組合役員として依然組合運動を為している者である。而して従組熊本地区本部が労組熊本地区本部より分離する以前の労組熊本地区本部傘下組合員は約一万千五百八十五名であつたが、その後各支部が職域別の組合に改組され或いは中立の単独組合を組織し又は未組織組合に分裂しているので現在労組熊本地区本部所属組合員の数は不明であり其の組合員名簿は発表できない。然し労組熊本地区本部が原告組合とは別個に今猶存在することは厳然たる事実であつて、原告組合以外に労組熊本地区本部なるものは存在しないとなす原告の主張は理由がない。

(3)  本訴物件は原告の所有ではない。

以上を要するに原告は全逓労組熊本地区本部とは主体を異にする別個の団体であつて、労組熊本地区本部は今猶存在し活溌な組合運動を続けているのであるから本訴物件が依然同地区本部の所有に属することは明らかであつて被告服部が其の副執行委員長として爾余の被告等が組合員として之等の物件を管理し使用することは当然であるから之が引渡を求める原告の請求は失当である。

と述べた。

第三、証拠関係<省略>

理由

(一)、被告等の本案前の抗弁について、

被告等の右抗弁の要旨は要するに原告たる従組熊本地区本部は行政機構の改革により逓信省所管事務が郵政省、電気通信省、電波管理庁に分掌されたのに伴い、本訴提起後右各職域別の組合に分離して解体消滅したので、原告は実体法上法人としての権利能力を喪失し、訴訟法上の当事者能力を失い、且つ原告訴訟代理人の代理権も消滅したから本件訴は不適法であるというのであつて、之に対し原告は右機構改革により分離したのは電気通信省、並びに電波管理庁関係の従業員組合のみであつて郵政省関係の従業員組合は従前どおり従組熊本地区本部を維持しているので其の間何等原告の人格に変動はないと抗争するのであるが、抑々法人格を有する団体が完全にその人格を失つて消滅する原因としては解散による清算の結了、合併、又は労働組合の如き特殊の団体に於て所謂分裂現象による実体の消滅等が考えられるが、被告等は原告たる法人の消滅について何等右の如き合理的根拠を明確にしないのみならず、本件記録に徴しても右何れの場合に該当することも認められないのみか却つて本件弁論の全趣旨よりすれば原告組合は右機構改革後も其の主体に何等の変動なく従前どおり従組熊本地区本部として組合活動を継続している事実が認められるので被告等の右抗弁は採用の限りでない。

(二)、仍て本案について判断する。

労組熊本地区本部が全逓労組の熊本県下各支部を以て構成された労働組合で本件物件が右労組熊本地区本部の所有であつたこと、原告が昭和二十四年十月全逓信従業員組合熊本県地区本部として人事院に登録した法人であること、被告等がもと逓信従業員で全逓労組の組合員であり且つ労組熊本地区本部役員であつたが原告主張の頃定員法に基く行政整理によつて解雇されたこと及び被告等が現に本件物件を占有していることは当事者間に争がない。

(イ)、労組熊本地区本部と従組熊本地区本部との関係について。

原告は右労組熊本地区本部は昭和二十四年九月二十八日の組合大会の決議に基き従組熊本地区本部と名称を改めたに過ぎないのであつて、労組熊本地区本部と従組熊本地区本部とは全く同一団体であると主張するのに対し、被告等は右組合大会は正式に招集された労組熊本地区本部の大会ではなく一部の組合員により正規の手続に依らず招集された潛称大会で原告は右会合を契機として労組熊本地区本部より分離した別個の団体で、労組熊本地区本部は今猶原告と別個独立に存在すると抗争するので以下之の点につき検討する。

成立に争のない甲第一号証、同第十一、十二号証、乙第一号証、同第十二号証の二、三と右甲第十二号証により真正の成立を認め得る甲第四号証及び同第十二号証により労組熊本地区本部傘下支部代議員証であつてその成立を認め得る甲第六号証の一乃至六十九並びに乙第十二号証の三によつてその成立を認め得る乙第七号証を綜合すれば全逓労組は管理者の地位にある者を除く逓信従業員、組合及び本人の意思に反して従業員の身分を剥奪された者及び組合員であつた者で犠牲者扶助規程の適用を受けている者を以て組合員の資格とする労働組合で終戦後活溌な運動を展開して来たものであつたが、同組合の中央委員中には急進的幹部に対し批判的態度を採るものが現はれて次第に勢力を結集し殊に国家公務員法、人事院規則により国家公務員の職員団体は人事院に登録しなければ法人格を認められないことゝなり且つ昭和二十四年八月同組合の幹部の多数が定員法に基く行政整理により解雇された後は右両派の対立抗争は更に激化し、同年九月十二日より開催された上諏訪に於ける同組合の全国中央委員会に於ては法内組合を主張する中央委員等が議場より退場する等の事態に立到つたがその後右法内組合派の者は正統派全逓信労働組合なる名称の下に全逓労組とは全然別個の運動方針の下に下部組織に働きかけ法内組合とし組織を改める為に全国的な組織運動をなすに至り、遂に同年十月二十二日より二十四日迄の間熱海市に於て第八回全国大会の名称の下に大会を開催し、右大会に於て従前の全逓労組の規約名称を改めて全逓従組とする旨の決議をなし法内組合として人事院に登録して法人となり、結局従前の全逓労組は法人格を持たない全逓労組と右全逓従組とに分裂した事実が認められる。

一方以上のような組合中央部の情勢を反映して労組熊本地区本部に於ても同年九月八、九日に開催された同年度定期大会に於て議長松村勇の司会の下に法内組合として進むべきか否かについて激論が鬪わされたが予定の会期中には遂に結論を見るに至らなかつた。原告は右会期は終了直前休会となり同月二十八日に再会されたと主張するのに対し被告等は之を否認し、右会期は時間切れのため審議未了で終会となつたもので同月二十八日の大会は労組熊本地区本部の正式な手続による大会とは看做されないと抗争するので更に之の点につき審究する。

抑々組合大会なるものは組合長又は之に代るべき者が招集すべきものであることは当然であるが、一旦適法に招集された組合大会は其の構成員である代議員の議決により休会し又は再会し得べきことも勿論で之の場合前後二回に行われた会議が同一大会の延長であるか又は別個の会議体であるかは、単に右会議体を構成する代議員の主観的な意思のみにより決せらるべきものではなく各場合に於ける情況を客観的に判断して決すべきものと言わなければならない。而して後に行われた大会が先行大会の再会議会であるが為には出席代議員は原則として前後同一人であることを要すべく、若し後の大会の代議員の大半が先行大会の代議員と異る時は仮に前の大会が休会の形で終了していたとしても後の大会を目して前の大会の再会と看做し得ない場合も生じ得る。

本件に於ける九月八、九日の大会と同月二十八日の大会の各構成代議員の顏触れを見るに成立に争のない乙第十一号証の一乃至九十八と前記甲第六号証の一乃至六十九とを対照して明かなとおり、八、九日の大会には代議員の総数九十八名が出席しているのに対し二十八日の大会には大会成立に必要な代議員数六十六名を僅かに三名超過する六十九名が出席しているに過ぎず、然も前後同一の代議員は其の半数に満たぬ三十四名に過ぎない。

而して前記乙第七号証(九月八、九日大会議事録)に甲第十二号証(松村勇本人尋問調書)乙第十二号証の三(金森晋証人尋問調書)を綜合すれば右九月八、九日の大会は前述の如く労組熊本地区本部が法内組合として進むか否かにつき激論が鬪わされた結果同地区本部としては法内組合として進むことに多数の意見は一致したが、当時猶中央の情勢は未確定であつたので同月中旬の上諏訪に於ける中央委員会の推移を見た上で最後的決定を為すことゝしたが、右大会を閉会の形で終了させる時は爾後の大会が反法内組合派の反対により開催不能になることを恐れた議長松村勇を始めとする法内組合派の代議員多数の意見を以て無期休会の形で終会とする決議を為したことが認められる。

而して右決議の為された時刻に関し原告は九日午後十二時直前と主張するのに対し被告等は会期経過後の十日午前零時十八分であつたと抗争するのであるが、其の何れであるかは暫くおくとしても、少くとも会期満了すれすれの時刻に於て右決議が為されたことは明らかで法内組合を主張する代議員等が反対派の主張を圧え強引に右の如き決議を為した事実は、後の九月二十八日の大会に其のまゝ反映し、出席代議員が前述の如く著しく減少し而も其の内半数以上は前大会の出席者と異る顏触となつた事実によつても窺われる。従つて九月八、九日の大会に於ける休会の決議が数の上では原告主張の如く成立していたとしても以上認定した各事実を客観的に綜合する時は九月二十八日の大会を目して休会された大会の再会と認めることは到底できない。而して九月二十八日の大会が議長松村勇により招集されたこと従つて右大会の招集には組合執行部としては何等干与していないことは当事者間に争がないので、同大会が九月八、九日の大会とは別個に招集された労組熊本地区本部の大会としてもその効力を持ち得ないことも当然である。然らば九月二十八日の大会に於て九月八、九日の大会の決議を確認し労組熊本地区本部の規約名称を改めて従組熊本地区本部と改称することに決議したとしても其が正当な労組熊本地区本部の決議となり得ざることは勿論である。尤も甲第四号証(九月二十八日大会議事録)其の他前顕各証拠に徴する時は、九月二十八日の大会に於ては労組熊本地区本部傘下各支部選出の代議員六十九名が参集し、前記松村議長司会の下に労組熊本地区本部は法内組合として進む、上諏訪の中央委員会に於て退場した同地区本部選出の中央委員を信任する、爾後正統派全逓信労働組合の機関紙である正統派全逓新聞を購読する等の基本方針を決定し役員を選任し人事院に登録する為の規約改正等の事項を決議し更に右大会の決議の趣旨に基いて前記熱海全国大会に代表者を参加させ同大会の決議に做つて従組熊本地区本部と改称して人事院に登録して法人となつた事実も否定できない。従つて右一連の事実よりすれば結局前記九月二十八日の大会を契機として従前の労組熊本地区本部は完全に分裂し之と別個の名称、組織、規約及び代表者を有する従業員の集団が形成されたものというべく、而して其の実体は其の規約、組織等に徴し一の独立した労働組合であることは勿論で之が従組熊本地区本部即ち原告である。

(ロ)、労組熊本地区本部と被告等との関係

原告は全逓労組規約第四十五条により組合員の資格は逓信従業員の身分を失つた時に終了し只組合及び本人の意思に反し其の地位を失つた者は中央執行委員会及び地区本部の承認により加入の道が開けているに過ぎないところ、被告等は何れも定員法に基く行政整理により解雇された者で其の後組合員としての加入を承認されていないので労組熊本地区本部の役員でも組合員でもないと主張するのに対し被告等は之を争うにつき按ずるに、同組合規約第五条に組合員の資格として「組合及び本人の意に反して従業員の身分を剥奪されたもの」と明記されている以上第四十五条第二項の逓信従業員でないものゝ加入脱退の規定は本来従業員でなかつた者に対する規定であつて、従業員であつた者が其の意に反して身分を剥奪された場合には適用なく、斯る場合に於ては身分を剥奪された本人が自ら其の事実を承服するか又は組合より除名される等の事由が発生する迄は依然組合員としての地位を保有するものと解するを相当とする。本件に於て被告等が逓信従業員としての身分を喪失したのが定員法による行政整理に基く解雇によるものであることは当事者間に争なく、被告等が当時右解雇の事実を承服せず依然反対鬪争を継続していたことは前記各証拠を通ずる事実として認められるので被告等は前認定の如く労組熊本地区本部が分裂し原告即ち従組熊本地区本部が形成された後に於ても猶残存した労組熊本地区本部の役員又は組合員としての地位は保有していたと言わざるを得ない。尤も右残存労組熊本地区本部が従前の労組熊本地区本部其のものでないことも敍上分裂の事実に徴し論を俟たないところである。

(ハ)、組合分裂の場合の財産の帰属―本訴物件の所有関係

一つの組合が分裂して二以上の組合が形成された場合、又は一つの組合より分離して他の組合が派生した場合に於ける財産の帰属に関しては何等の明文の定めるところはないので具体的の分離又は分裂の事情に徴し決定するの外はない。

尤も組合分離の場合は其のこと自体が当事者間の話合に基く場合が多いので、財産関係も其の際の当事者間の話合により決定されることが予想されるのであるが、分裂の際には斯る話合の成立は期待できない。而も分裂の際は分裂前の組合は分裂に因り消滅し全く新しい二以上の組合が発生するという労働組合独自の病理現象であるから組合財産帰属の問題は一層解決の困難さを伴う。或は分裂により前の組合は消滅するというところから民法第七十二条の解散法人の財産帰属の規定の準用が考えられないでもないが、解散法人の場合は法人自体が完全に消滅し後には何も残らないのであるから財産帰属の問題も同条の規定により容易に解決され得るのであるが組合が分裂した場合には仮に分裂前の組合は之により消滅するとしても分裂後には新しい組合が形成されることになり而も消滅した旧組合と新に形成された組合の組合員は大部分が同一人であるから分裂後に形成された組合以外の者のために前組合の財産を処分するということは到底首肯されない。さればといつて労働組合は民法上の組合と異なり法人格を持たない場合でも一つの社団であるから組合規約に特別の定めがあるとか又は組合の決議を以て特別の定めをなさない限り消滅した旧組合の組合員に当然組合財産の分割請求権はない。従つて斯様に見てくるときは組合分裂の際の組合財産は自然人の死亡の場合に於ける遺産と同様分裂後に形成された各組合の共有となり、協議により之を分割するか又は協議の調わないときは裁判所に対し分割の請求をすべきであると解するの外はない。尤も之は分裂後に形成された二以上の組合が何れも組合としての実体を具有し活動を継続する場合のことであつて、若し財産分割の段階に至らないうちに他の組合が解散したり又は事実上消滅することがあれば共有財産は其のまゝ残存組合の単独所有に帰することも亦労働組合という特殊事情からして考えられる。

今本件に於てこれを見るに、労組熊本地区本部は従前は法人格を有する労働組合であつたが昭和二十四年九月一日迄に人事院に登録しなかつた為同日以後法人格を失い、爾後は法人格のない組合として活動を続けていたのであるが前述の如く同年九月二十八日の大会を契機として分裂し名称は同一であるが分裂前の其れとは著しく其の構成人員の数に於て異なる労組熊本地区本部と原告たる従組熊本地区本部とが形成されるに至つた。ところで分裂後に於ける右両地区本部の勢力関係の消長を検討するに、前記各証拠によれば右分裂当時は労組熊本地区本部も猶若干の組合員を擁し被告等を其の指導者として組合運動を継続していた事実は之を窺うに難くないが前記甲第十一、第十二号証により明かなとおり其の後時勢の変遷に伴い中立的態度を持していた傘下各組合も次第に原告組合に吸収せられ、労組熊本地区本部に所属する組合員は次第に其の数を減じ、本訴提起当時には被告等を除けば僅か二、三の者が同組合の事務所と称する本件建物に出入していたに過ぎず、且つ右建物も組合本来の目的とは関係のない方面に利用されていた事実、又被告等提出の乙第十四乃至第四十四号証により昭和二十四年度迄の全逓労組の組合費を被告等に於て徴収したことは認められるが其の後の組合費を徴収したことに対して何等の立証のない事実、更に原告の求めによるも被告等が現在猶相当数存在すると称する労組熊本地区本部の組合員名簿を提出しないこと等諸般の事情を考え併せるときは前記分裂後の労組熊本地区本部なるものは本訴提起の昭和二十五年四月当時は既に労働組合としても亦財産主体としても其の活動を停止し実質上は完全に消滅に帰していた事実、従つて同組合の役員又は組合員としての被告等の任務も亦当然終了していた事実を認めることができる。そうだとすれば前記分裂により原告組合と労組熊本地区本部との共有状態にあつた本訴物件の所有権は其の後右の如き事情の変更に伴う労組熊本地区本部の事実上の消滅により本訴提起当時は既に原告の単独所有に帰していたことは明かで、今猶労組熊本地区本部が存在すると為す被告等の主張事実は被告等提出の全立証によつても到底認めることはできない。

ところで本訴提起後逓信省の機構改革に伴い電気通信省、電波管理庁関係の従業員組合が原告組合から分離したことは既述のとおりであるが其の間原告組合の主体に何等の変動のなかつたことも冐頭に説明したとおりであつてみれば本件物件の所有権が右分離の際原告以外の組合の所有に移転したとの点につき被告等に於て何等の立証もしておらないので、右分離後も本件物件の所有権は依然原告組合に属するものと言わなければならない。

而して被告等が今猶本訴物件の所有権が原告に属することを争つている事実に徴し之が所有権の帰属を確定する利益の存することは勿論であるから原告が被告等に対し本件建物の所有権の確認を求め、且つ右建物の明渡並びに本件動産物件の引渡を求める本訴請求は全部正当として認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十三条、仮執行の宜言につき同法第百九十六条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 浦野憲雄 安仁屋賢精 下門祥人)

(別紙目録省略)

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